WEBデザイナーになったキッカケとは

WEBデザイナーになったキッカケとは

2017.09.29 | Staff Diary

こんにちは。Re:designのデザイナー・コーダーの金(キン)と申します!
これからWEB制作にまつわる小話や、WEBやデザインなどとはちょっと…だいぶ…相当に離れているかもしれない日常のお話などできればと思っております(笑)
どうぞよろしくお願いいたします。

第1回のテーマは、「WEBデザイナーになったキッカケとは?」でございます。
まさに原点! って感じですね。さて堂々と勢いよく打ち出させていただいたこのテーマ、思い返すも涙あり笑いありの濃厚なジャムさながらの濃く熱いお話をお届けできれば!
……できればよかったのですが、わりとあっさりかもしれません(笑)
ご興味ありましたらお付き合いいただければ幸いです。

ユルユルの学生時代

壊滅的とまではいかないにせよ、私の大学時代は勤勉な学生であるとはいい難い毎日でした。
元々は文系の大学に行く予定だったのですが、どうしても自分の好きな芸術・デザインに触れたいという気持ちを諦めきれず、いきなり両親に頼んで困らせつつ、どうにか進学することができました。
そうして興味のあったデザイン・芸術分野における講義を日々受講しつつ、自分を甘やかしつつ課題をこなし提出しては友達と遊び人生の貴重な自由時間をだらだら謳歌するという、平和でだらけた毎日の連続でした。
ありていにいって、とても楽しかったです(笑)ただ思い返すと、「もっと美術展とかデザイン展とか行ったり勉強したりしとけ〜〜〜〜!!」とハリセンを担いでしばきにいきたい気持ちもありますし、時間も人の好意もぜいたくに消費していたなと閉口しそうになるのですが、決してマイナスの日々ではなかったように思います。得たものもたくさんあります!……そう信じています(笑)

就職、どうする?

やれゆとり教育やれゆとりだのと取り沙汰されたザ・ゆとり道のちょっと先のほうを通過し、なおかつゆとり就活氷河期のさなかを歩んできた私ですが、まったくもって情けないことに、この「就職活動」をろくに行いませんでした。
周囲が真新しい黒スーツに身を固め、自分の将来をきっちり見据えて自己を抽出化し大人へとなるために試験や面接をくり返しているなか、地元の栃木に帰ってWEBデザインができたらなぁと青空にたなびく雲を見てぼーっと考えていた次第です(当時は一人暮らしをしていました)。
そうしてあてずっぽうに決意を固め、栃木に帰郷してしまったのです。内定をひとつも持ち帰りもせず! なかなか強気だな!と自分でも思います(というよりも危機感がなさすぎたのでしょう)。

ところが地元に帰ると、急に迷いが生じてしまいました。
その迷いの中で立ち止まっているあいだに、春はどんどんすぎていきました。
まわりはきちんと「新社会人」としての道を歩んでいるのにもかかわらず、果たして自分は何をしているのだろうと背を焼くような焦燥がつのっていきました。

私の所属していた学科はグラフィックやWEBデザインなどに特化したものではなく、あらゆるメディアを幅広く(深度はそこまでなく)勉強するところでした。自主制作に励んでいたか、と問われれば答えは否ですし、その上ぐうたら学生生活のツケが回り、大したスキルも強みもありません。せいぜいイラストレーターとフォトショップ(制作に使用するツール)をまずまず触れる程度でした。
自分はどう生きていきたいのか? 何を仕事にして生きていくのか? 本来は就活で向き合うべきであろう問題を、このときやっとはじめて前にしたのです。

キッカケ!

本当に自分がデザイナーとしてやっていけるのかじりじりと悩んでいたそんなあるとき、新聞に挟まっていた広告にふと目がとまりました。
就職にあぶれた既卒を対象とするものでした。
内容を確認してみると、お給料をいただきつつ、社会人としてのマナーを勉強しながら実際の企業にOJTとして働く…といった支援でした。

いい加減就活をしなければならない頃合いでしたので、まさにこれしかない! とりあえず労働しなくては! と一目散に飛びつきました。
そうしてまったくもって運が良かったのですが、OJT先にWEB制作会社があったのです。
さしたるスキルもない私でしたが、デザインをやりたい思いで飛び込み、結果的にそのWEB制作会社から内定をいただいてWEBデザイナーのたまごとなったのです。

選ぶということ

栃木に帰郷したとき、「デザインが好きで帰ってきてしまったがただ好きなだけでやっていけるのか」という悩みや迷いが生まれましたが、現時点では、「好きだからこそ」と肯定的に受け止めることができているように思います。

私はもともとWEBサイトをつくるのが趣味で、初めて作ったのは中学生のときだったのですが、本当に個人の趣味の範囲で細々とやっていました。

当時は「タグサイト」というものがあって、たとえば文字を表示させるとか、表組みとして表示させるとか、あらかじめ用意されているもの(タグ)をコピペして貼り付ける…というような具合でサイトを構築していました。なので、タグの意味もうっすらとしか理解できていませんでした。とりあえずこのタグを貼り付ければそれらしくできてる! できていればいいや! くらいの感覚です。
さすがにそんなことをずっと続けていると最低限のコーディングができるくらいにはなりましたが、それでも素人であるのは相変わらずです。そのまま熱心に技術をあげるわけでもなく、自分が楽しい範囲でまったりと続けていました。

そうして大学を卒業して、その「楽しい」を、「仕事」にするとはどういうことなのだろう? 本当に自分につとまるのだろうか? 続けられるだろうか? という悩みが生まれました。急に怖気づいた、とも言い換えられるかもしれません。ある人は「趣味としていたものを仕事にするのはやめたほうがいい」といい、ある人は「スキだからこそ続けられる」といいます。「趣味」なら、楽です。ですが仕事となればそうはいきません。責任を果たさなければなりません。

現在私はWEBデザイナーとして働いております。
大学選択のときもそうでしたが、結局「デザイン」から離れることができませんでした。「デザイン」のほうが私を惹きつけて離さないのでしょうか?
あのときチラシを見て、しかも偶然にも派遣先に制作会社があったのは本当に幸運でした。
自分がデザイナーとなる「選択」をしたこと、スキを選んでよかった、と思っています。

デザインとは「選択」の連続だ、と感じることがあります。
そしてデザイナーとは、それをハッキリと意識しなければならない職業だとも感じています。
どうやってクライアントやその先にいるお客様により適切に、よりよい情報を与えることができるのか。ありとあらゆる「選択」のなかから適切なものを選び取り、掛け合わせて落とし込みながら、問題を解決することがデザインなのではないだろうか。だとすればその「選択の意味」の連鎖こそが、「よりよいデザイン」につながっていくのではないだろうか? では、そのためにデザイナーにとって必要なことはどういったことなのか? 何を継続すればいいのか。どんな「選択」を的確に見定めれば、最適解に近づけられるのだろうか?
……といったことを真面目に考えながら(笑)、日々制作に励みつつWEB制作をしています!
まだまだ学ぶことがすこぶる多く、自分の制作物や技量に一喜五憂しては「栃木の山はキレイだな〜」と出勤と帰宅時にながめては癒やされつつ頑張っています。
JR那須塩原駅から見える快晴の日の山と空の調和は本当に美しいので、もし機会があったらぜひご覧になってください。

***

というわけで、以上が私のデザイナーになった経緯とキッカケでした。
先述の通り、なかなか自分に甘い性格なのでたるまないよう意識しつつ、デザイナーとしての腕をたゆまず研磨していきたいです。

ここまでお読み下さりありがとうございました!
これからもどうぞよろしくお願いいたします。