自分がWEBにこだわる理由

自分がWEBにこだわる理由

2019.04.11 | Staff Diary

こんにちは、江原祥太と申します。

アールイーデザインに入社してあっという間に2週間が過ぎようとしています。
4月だと言うのにこの記事を書き始めた日には、窓の外には大粒の雪が舞っています。

地元に戻って約1年になるのですが、未だ自家用車を持っていない自分は電車通勤。
遅延しないか不安ですが、自分のようにUターンを考えている方もこのブログを読んでいたりするのでしょうか?
車がなくても意外と一年くらいはなんとかなるみたいなので気楽に考えてみてはいかかでしょう。

一回目の投稿として、今まで何をやってきたか、なんで栃木へ戻ってきたかを綴って行きたいと思います。

Contents

地元を離れるまで

私は昨年まで東京の広告代理店で主にWEB広告の設計・運用に携わっていました。
アールイーデザインでは主に解析関連の仕事を任されていますが、実は広告周りのことのが得意な人間です。

こんな事を言ってしまうと恥ずかしのですが、成り行きで入った業界が自分の肌にあっていただけでした。

子供の頃は喘息を患っていて、少し動くだけで発作を起こすような状態。
中学生の頃にはすっかりインドア趣味が板についていて、その頃にちょうど一般家庭へのパソコンが普及しはじめた頃だと思います。

当時のネットはいわゆるアングラな雰囲気が蔓延していて
みんなが手探りで面白いことをやろうと躍起になっていた時代なんじゃなかと思います。
MMOにハマっていて、仲間内の集会所に使うサイトを作ったのがはじめてのコーディングでした。

そこから、高校に入る頃には携帯電話を持つのが当たり前のような時代になり、
ブログが急速に流行り、SNSが登場して、個人サイトを見かけなくなり寂しい気持ちになっていました。

漠然とプログラマーになりたいと思い専門学校に入ったものの運悪く卒業する年にリーマンショックが起こり、一年間くらいバイトや派遣でしのいでいた時期がありました。

今思うとこの時に就職を失敗していなかったら、違う道に進んでいたのかと思うと不思議な感覚です。

わたしのWEBの原点

そんな時に友人の誘いでWEB系の仕事があると誘われました。
勤務地は中華人民共和国です。

当時は円高が進み海外に行きやすい時代とか言われていましたね。
日本企業も海外進出でわいていた時期だったと思います。

実際に掛かった費用は30万でお釣りがくるくらいで、
東京にいきなり行くよりも大分金銭的なハードルは低かったと記憶しています。

当時は夢も希望もありゃしないのに、この誘いの答えを返すのにも半年くらいの時間がかかった気がします。
今だったら即決で行っていると思うので人というのは不思議なものです。

そこでは検索システムの学習機能に関する業務を行っていました。
毎日送られてくるノルマに対して、良し悪しを返していくだけの簡単な仕事です。

ちょっとした余談ですが、Google社が目指しているのは人の手を介さなくても完全に動く仕組みらしいんですよね。
この仕事をしている時に「せっかく憧れのGoogleに入社したのに毎日jpgばかりみてる」みたいな記事をみて、どこも同じなんだなとしみじみしたのを思い出します。

極端な例えですけどWEBに関わらずITと分類される仕事って
結果は華やかですが、過程は地味で泥臭いトライアンドエラーの繰り返しだと思うんですよね。

もう10年ほど前の話になるので、今は機械学習などどんどん進んでるとは思います。
ただ自分ができることがすぐには機械に置き換わる事がないようです。
AIの登場でなくなる仕事の筆頭だったはずなので、もっとAI頑張ってと思う半面で、自分ができることを模索する毎日でした。

大切なことは中国で学んだ

中国と言うとネットの規制が厳しくて、自宅ではまともに日本のサイトを見る事ができませんでした。
俗にいうグレートファイアウォールですね。
引きこもる気満々だった自分にはえらい痛手です。

ただ、同期が変わり者の集まりで、いろいろ自分を引っ張っていってくれる人達でした。
いま振り返るとこの出会いと経験がなかったら、自分はどうなっていたんだろう……すごく怖くなることがあります。

写真は寝台列車旅行に行った時のものです。
昨日は写真を見返しながら昔の事を思い出していました。
特に思い出深かったチャイナキッズに襲われながら撮った写真です。

隣に日本人がいるぞって退治しにきたのですかね?
鉄砲で撃たれるふりをしてたら、子供が懐いてしまって、ベッドを占領されて夜は一緒に寝ることに。
ちなみに向こうの鉄砲の擬音は「バンバン」じゃなくて「チュンチュン」と言うらしいです。

これが中国でのはじめて旅行1日目の出来事でした。

夜中にお母さんが謝りながら迎えに来たけど言葉がわからなくて…
翌朝には奥のお爺さんに「何人だ?」とか聞かれて…友人に助けを求めながら焦っていました。
結局は気のいいお爺さんで事なきを得たんですけどね。

帰国後に変わったこと

日本に戻ってからはすぐに東京に出て仕事を探しました。
その時は料理人になりたかったんですよね。
ただ、結局面接の連絡がくるころには、広告代理店の仕事が決まっていました。

ちょっと変な話ですが、WEBの仕事をしに行ったはずが、趣味や考え方がだいぶ外向きになって日本に帰ってこれたと思います。

この頃にSEOだったり記事の書き方について勉強していました。
あと、中国の経験で検索サイトのオプション機能とかに詳しくなってて調べ物がうまくなったり、地味ですがこの時の経験は後の仕事をするにあたって役に立ったなと思います。

会社での立ち位置としてブログの更新頻度が増えそうなので、雑学的な検索機能とかのコラムも今後は書いてみたいですね。

代理店時代のあれこれ

流石に詳しいクライアントの話はかけないのでご了承ください……。

大きい規模のクライアント様の仕事に携わる機会が幸いにも多かったので、
まだGoogle Analyticsが世の中に普及する前からSiteCatalyst(AdobeAnalytics)などにふれる機会が多かったです。

入社当初は広告ってものは何となくわかっていても、仕組みなんて全然で、でもこんな事までネットのデータって分析できるんだってわくわくしていました。

最初はリスティング広告だけやっていれば良かったのが、どんどん扱えるメニューの機能は細かくなっていて、SNSやら動画などの広告も増えてきて、やることは年々増える一方でした。

これだけ動きが活発なのはWEB業界ならではなのかなと思います。
最新の機能が使えるのは自分にとってはたまらなく刺激的な環境でした。

ほんの少し手を加えるだけで、大きな変動も起これば、あれこれやっても何も返ってこない事もある。
でも、それらを考えて次に進んでいくのは割と楽しくて、気がつけば20代が終わりを迎えるような年齢になっていました。

栃木に戻るきっかけ

ただ、代理店の仕事は激務で、よく周りからは心配されて、地元に戻ってくれば?
みたいは事を言われていましたが、帰ってくるなり地元で何やるの?

ひどい話ですよね。

これまでも体調を崩したり、仕事に行き詰まって転職を考えることはありました。
ただ、最後はまだこの業界にいたい。まだやりたいことがある。そんな風な結論で終わります。

そんな事を悶々と考えている時に、立て続けに身内に不幸がありました。

その二年間は週末はほぼ毎週栃木に戻って、介護の手伝いやらお見舞いに行く日々。
帰るたびに弱っていく家族を見るのは思いの他辛いものでした。

そんな時にふと中国の社内広報に載っていたサイトを思い出しました。

See Your Folks

自分の国籍と両親の年齢、年に何回会う日があるか。
その項目を入れると出身国の平均寿命から、あと何回家族に会えるのかを自動計算してくれるサイトです。

作り自体は単純なサイトですが、出てきた数字に結構衝撃を受けました。

インターネットには心を揺さぶられてばかりの人生でした。
いつかは自分も誰かの心を揺さぶる何かを作りたいですね。
こういうものが転がっているネットが自分は根本的に好きでたまらないんだと思います。

栃木に戻ってから

いざ地元に戻ってみると腹は括れるみたいで、少しでも地元で出来ることを増やそうと、デザインやらコーディングなど広告から離れて勉強をしていました。

ただ、根底にはWEBに関わりたいって気持ちが強くありました。

友人の仕事を手伝ったり、誘われた勉強会でフリーランスの方と知り合ったり、なんだかんだ充実していたニート生活でした。

しかし、不安だったのは確かで、地元でもWEBの仕事をしたいなとは思いながら、特に明確なイメージはできていませんでした。

漠然と地元をWEBでもっと活気づけられないかなと考える日々。

そんな中でアールイーデザインでお世話になることになりました。

さいごに

いざ就職となり、WEB関連の企業様に限らず、地元のコーポレートサイトをひたすら眺めていました。

WEBからできる事って、まだたくさん残っていると思うんですよね。
特に地方ではまだまだ古いサイトが使い回されていたり、改善できる余地ってたくさん残されているなと感じました。

WEBサイトは作って終わりではなくて、ユーザーに見てもらってはじめて価値が生まれると思います。

でも、きっかけがないと難しいですよね。

例えばテレビに紹介された商品を調べるとアクセスすらできないことってありませんか?

WEBはリアルの受け皿で、実際に一番効果が出るのはテレビの放映後だったりします。

他のメディアはどんどん勢いをなくしてるとか言われてますが、WEBって受け身でいるしかないんですよね。

そういう事柄をWEBから分析して、今後に役立たせることが私の仕事です。

些細なことでも気になったことがあれば、弊社までご相談ください。
私ができるのは些細な気が付きを探すことですが、きっと周りのクリエイティブなことが得意な方たちが形にしてくれます!

江原 祥太
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