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足尾銅山で歴史散歩!栄えた町の秘密と環境の教訓

辻 元気
こんにちは、栃木県にあるデザイン制作会社・株式会社アールイーデザインでクリエイターをやっている辻元気(ツジゲンキ)です。
「足尾銅山って、富士通と関係あるって知ってました?」
栃木県・日光市の山あいにある“足尾”という町。かつては日本有数の銅山で栄え、今は観光地として当時の面影を残しています。
そしてこの銅山、実はあのIT企業・富士通のルーツとつながっているんです。
足尾銅山を支えていたのは、かつての「古河財閥」。その流れから富士通の前身・富士電機が生まれ、そこから今の富士通が育っていったというわけ。
まさか“銅山”と“パソコン”がつながるなんて…ちょっと不思議ですよね。
そんな歴史を感じられる場所、足尾銅山観光に行ってきました。
今回はその体験を、歴史・公害・そして今の町の様子も交えながらお届けします。

トロッコに乗って、地下世界へ

入り口でチケットを買うと、小さなトロッコ列車に乗って坑道の中へ。
冷んやりした空気の中をガタガタ揺られながら進んでいくと、「本当にここで人が働いてたのか」と驚かされます。

中には再現人形や当時の道具も展示されていて、想像以上にリアル。
中腰のまま作業したり、狭い穴に入って掘ったり…。
「これは…大変どころじゃないな」と、思わず立ち止まってしまいました。

なんで足尾でそんなに銅が採れたの?

足尾の山々は、もともと火山活動が活発だったエリアなんだそうです。
その影響で、地中に銅などの鉱石が多く眠っていたとのこと。

しかも比較的地表近くに鉱脈があったので、江戸時代から掘りやすかったらしい。
明治時代には住友が経営を引き継ぎ、大規模な近代化が進み、銅の生産量は日本一に。

この町が一気に発展した理由も納得です。

華やかな裏にあった「鉱毒事件」

でも、この発展の裏では大きな問題が起きていました。
それが、足尾鉱毒事件です。

鉱山から出た汚水や煙に含まれていた有害物質(ヒ素や銅など)が川に流れ、下流の農地を汚染。
田んぼが枯れ、魚が死に、人の暮らしまで壊れてしまったそうです。

被害が深刻化すると、政府は1897年に鉱山側へ「予防工事命令」を出し、沈殿池の整備や煙害対策が進められました。
さらに、流域の洪水被害や鉱毒拡散を防ぐため、巨大な調整池として渡良瀬遊水地も造られました。

この問題に立ち向かったのが、政治家の田中正造
なんと天皇に直訴しようとしたというから驚きです(訴状は渡せず)。今で言えば、国会議員がSNSで環境問題を訴える…どころじゃない行動ですよね。

ちなみに渡良瀬遊水地は、明治時代の足尾銅山鉱毒事件により発生した大規模な公害被害を収束させるために整備されました。この地域にはかつて谷中村をはじめとする集落が存在しましたが、鉱毒被害を防ぐための遊水地建設に伴い、村は廃村となり水没しました。
現在ではラムサール条約登録湿地として自然環境保全の重要な役割を果たしつつ、かつての住民の暮らしや犠牲を伝える歴史的な場所としても位置づけられています。

足尾の“いま”を感じる旅

観光を終えて外に出ると、目の前には緑に囲まれた静かな町並み。
でもその風景は、かつての公害によって一度すべて失われた自然を取り戻そうとした努力の結晶なんだと思うと、見え方がまったく変わります。

かつては煙で山肌すら枯れ果てていた場所。
今では、ボランティアや地域の人たちの手で少しずつ森が戻ってきているそうです。

辻 元気
正直、行く前は「昔の鉱山の跡ってどんな感じだろう」くらいの軽い気持ちでした。
でも、足尾には「産業の栄光」と「環境破壊」、そして「再生の希望」が混ざり合った、とても深い物語がありました。
静かな山の中で、過去の声を聞くような旅。
ぜひ一度、訪れてみてほしい場所です。

所在地:栃木県日光市足尾町通洞9-2
営業時間:9:00~17:00
入場料:大人830円
アクセス:JR日光駅からバスで約60分
(2025年8月時点)

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