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はじめまして – 瀧浪智也です。

はじめまして!Webデベロッパーの瀧浪 智也(たきなみ ともや)です。

自己紹介をできるだけ端的にまとめたので、ご紹介できればと思います!どうぞよろしくお願いします。

プロフィール

出身:福島県白河市
趣味:ピックルボール、SUP、ハイキング、旅行
好きな食べ物:寿司、たらこスパゲッティ、ピザ

小学校から高校までは陸上部に所属し毎日練習に打ち込んでいました。最近は何十年ぶりかにスポーツを始めて、ピックルボールにどハマりして毎週練習しています。が、すでに身体の衰えを感じてます。興味を持ったことにはとにかく挑戦してみるタイプで、それがSUPだったり、ピックルボールだったり、果てはドイツ移住だったりします。

大学時代 – イギリス留学と、ヨーロッパで日本食レストランを開くという夢

大学進学を考える頃、将来は「英語を使って日本人以外の人ともっと深い話をして色々な考え方を知りたい」という思いが強くあったので、英米語学科に進むことを決めました。

大学2年次にイギリス留学をさせてもらい、そこで驚いたことの一つが、現地の日本食レストランのほとんどが日本人経営ではなく、提供されている料理も本場の味とはかけ離れていたことでした。「これが日本食として認識されているのか」というもどかしさを感じたのを今でも覚えています。またちょうどその頃、2013年には「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録され、世界的に和食への注目が高まっていたこともあり、帰国後は「本物の日本食をヨーロッパに広めたい」という思いが芽生えていき、飲食業界を中心に就職活動を始めました。

今振り返ると、英語を身につけたことで得られるものは想像以上に大きかったと感じています。日本語だけでは届かなかった情報や、異なる文化背景を持つ人たちの考え方に触れられるようになり、自分の視野や可能性が一気に広がりました。英語を勉強しておいて本当に良かったなと、実感しています。

大学卒業からドイツへ

大学卒業後は、海外進出している飲食会社に就職しました。半年が過ぎた頃、ヨーロッパにある日本食レストランで直接学んだ方が、夢への近道になるのではないかという考えが生まれ、すぐにヨーロッパでの仕事探しを始めていました。

渡独前にフランクフルトの日本食レストランへの就職を決めていたとはいえ、ドイツ語の知識はゼロ。それでも「英語ができるから何とかなる」という若さならではの自信を持って2015年11月にドイツへ飛びました。
渡独前にすでに家を決めていて現地に着いたら鍵を受け取るだけの流れでした。しかし到着したら大家さんと連絡が取れなくなり、就職先のオーナーに相談したら「それは詐欺だね」と言われて、初っ端から3ヶ月分のお金を取られたことに気づきました。。。

色々ありましたがそこで約2年半、調理の現場で働きながらドイツでの生活を送りました。仕事漬けの日々でしたが毎日刺激があり、現地の人の嗜好なども勉強になり、当時ドイツ生活を支えてくれた同僚や関わった方々には感謝しています。

アレルギー発症 – 次の道を探す

ある日、アレルギーを発症してしまいました。しばらくは我慢しながら働き続けていましたが、「この状態でこの先ずっと続けていくのは難しい」と感じ、夢を諦める決断をしました。働いていた日本食レストランにビザをサポートしてもらっていたこともあり、退職後はそのまま帰国することに。2017年8月に日本へ戻りました。

そして「次は何をしよう」と考える期間が訪れました。そのときぼんやり最初に浮かんだのが、エンジニアという選択肢でした。「エンジニアなら将来、世界中のどこでも働ける」 — 単純な理由ですが、それが出発点でした。

たまたまTwitter(現:X)のタイムラインに流れてきた「ドイツ在住の日本人がオンラインでコーディングを教えている」というツイートを見て、話を聞いてみたのが始まりだったと思います。

コーディングとの出会い – あの日の”ワクワク”が今の自分を動かしている

早速オンラインでコーディングの勉強を始めて情報収集をしていると、あるときすごくかっこいいアニメーションのウェブサイトに出会いました。画面の前で、思わず前のめりになり、「いつか自分も、人をワクワクさせられるようなウェブサイトを作りたい。」と思いました。

またコーディングを続けていく中で気づいたのが、自分のアイディアをコードで書くと、すぐに画面上で反映されるという楽しさでした。この感覚が、勉強を続けるもうひとつの原動力になっていきました。

その時の気持ちが、今も自分のコアにあります。裏を返せばこのワクワクがなくなった時は創作意欲がなくなるのかなと考えているので、常日頃から色々なものにアンテナを貼り見て感じたりして、この気持ちを忘れないでいたいですね。

ドイツでのエンジニア修行 – 解雇、コロナ、それでも諦めない日々

アルバイトと勉強をしながら2017年10月に日本で結婚し、2018年1月に再び渡独し、ドイツでの新生活をスタートさせました。コーディングとドイツ語の勉強を並行して進める日々が始まりました。

2020年には職業訓練校でWeb開発を半年間学び、卒業後は18歳で起業したというウェブ制作会社に入社。しかし、学校で学んだことと現場との差は大きく、4ヶ月後に解雇されてしまいました。

人生で初めてのことで、かなり落胆しましたが、それでも諦めずに応募を続け、別のウェブ制作会社への就職を決めました。時はコロナ禍で1年間フルリモートでの勤務でした。知識も経験も十分でない中、エラーが出るたびに先輩エンジニアにチャットで聞いて解決していくのは本当に大変でした。

その後、オンラインマーケティングの会社に転職しフロントエンドとして入社しましたが、実務はGoogle Tag ManagerやGoogle Analyticsを使ったECサイトのユーザー追跡がメイン。WordPressの保守運用もありましたが、ほとんどがテンプレートテーマで作られたサイトで、コードをゼロから書く機会はほとんどありませんでした。蓋を開けたら思っていたよりコードを書く機会がなく、すぐに転職活動をした方がいいなと思ったのは今でも覚えてます。

「やりたいことができない」— その気持ちを抱えて働きながら2年ほど転職活動を続けていました。それと並行して、仕事でできないことを自宅で解消するように、毎日自主制作をしたりThree.jsやWebGLの独学も続けたりしていました。陸上部時代に培った「目標を持ち諦めずに続ける力」は、今の自分の原点になっている気がします。

Re:designとの出会い

2年ほど続けた転職活動でなかなか結果が出ない中、妻と話し合い、日本の会社にも応募してみると決めました。

ドイツで実際に生活してみて感じたのが、日本とドイツのウェブサイトのデザインの違いでした。ドイツはシンプルで文字中心のサイトが多く、アニメーションやインタラクティブな要素はほとんど見かけませんでした。欧米全般の傾向として「情報を絞って配置するミニマリズムを重視している」という指摘もあるそうです。

そもそもインタラクティブなサイトを制作している会社の母数自体、日本と比べるとドイツはかなり少なく、チャンスが限られていると感じていました。一方、日本はビジュアルで伝える表現が豊かで、自分がやりたいことに挑戦できる環境が整っている。それが転職活動の舵を日本へと切り替えた大きな理由のひとつです。

また妻は以前からいつか日本に住んでみたいと話していたので、タイミング的にはうまく合った形でしたが、まさかこのタイミングで実現するとは1ミリも考えていませんでした。

思い切って転職活動の軸を切り替え、まずは実家のある福島県の近くで、Three.jsを使ってる会社やインタラクティブなサイトを制作している会社を探し始めました。そんな中で出会ったのが、Re:designが制作した「那須別邸 回」のサイトでした。画像のトランジッションを見た瞬間、「自分もこういうサイトを作りたい」— その一心で応募を決めました。

そして迎えた1次面接の日。磯さんとの会話の中でWebGLスクールの話になり、磯さんがすでに自分のことを知っていたのには本当に驚きました。Re:designのメンバーも同じスクールを受講していたとは…。一緒に笑って話したのを今でも覚えてます。

また全てオンラインの面接で、一度も直接お会いしないまま内定をいただけたことは、本当に有り難いことだと思っています。

今後の意気込み

コーディングを始めたあの日に感じた「人をワクワクさせるウェブサイトを作りたい」という気持ちは、今も変わっていません。タイミングが合えば、WebGLを使った表現を実案件にも活かしていきたいですし、一緒に働く仲間や仕事で関わる皆様に貢献していきたいです。
今年はGLSLスクールも受講させていただき、これからも自主制作などを通してスキルを磨いていきたいと思っています。

拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございます! これからもどうぞよろしくお願いします。

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